3 基本的技術(実践編)


3-1. 学術的文章

 学術的文章とは「知識の成長」のために書かれた文章です。それは、これまで積み重ねられた知識に、新しいことを付け加えた文章を指します。個人的な意見表明、エッセイ、感想文、情報の整理・要約は学術的文章とは言えません。

 あらゆる学術的文章は、以下の三点から成ります。

(1)問題設定
 たんなるトピックではなく、「問うに値いする問題」の設定。詳しくは後述します。

(2)先行研究の整理
 これまで行われた研究を調査し、要約します。

(3)新たな知見の提示
 先行研究に対して何らかの新たな知見を提示します。そのためには、新しい資料を発掘したり、自分の足で調査を行う必要があります。

 ここで「知識の成長」とは、「問題の成長」を指します。すでに述べたように、学問では答えの分かっている問題は扱われません。学術調査の目的とは、明らかになった問題と、まだ明らかになっていない問題を腑分けし、さらに探求されるべき「新たな問題」を発見することにあります(「知の成長」=「問題の木の成長」)。

 以下では、学術的文章を書けるようになるための手順を段階を追って示したいと思います。


3-2. レジュメ作成

 レジュメの作成は、学術的文章を予断を入れずに理解するための訓練に相当します。ゼミでレジュメを作成する際には以下の点に留意してください。

図式化

 レジュメとは、課題文献の構成を図式化(チャート化)したものです。抜粋ではなく、全体の論理構造がひと目で分かるような工夫をしてください。

  ex. 1 新聞の紙面: 大見出し → 小見出し → 概要 → 本文
  ex. 2 矢印、太字、四角で囲む、波線などの工夫

箇条書き

 レジュメの基本は、文章ではなく箇条書き(体言止め)です。また、直接の引用はキーワード(と核心的な文章)のみにとどめ、2行以上に渡る引用を行わないようにしてください。

要約と感想の区別

 最も重要なことは、文献の内容と、自分の意見や感想とを区別することです。レジュメには、文献の要点のみを示します。自分の意見・疑問点は、要約とは別に最後に補足する程度にします。


3-3. 書評

 書評は、学術的文章を書くための最初の訓練です。対象となる本の内容を正確に要約し、自分なりの視点から批評を行います。書評の形式はおよそ以下のように決まっています。

(1)導入(1〜2割)

 取り上げる本のテーマ、著者紹介など。専門的な書評の場合その分野の一般的な議論状況を示す。

ex. 「近年〜の分野では、○○論と××論が主たるアプローチを占めてきた。本書では、△△論というアプローチを用いてこの問題に取り組み、〜〜を明らかにしようとしている。」


(2)構成と要約(6割)

 まず全体の構成を示す。

ex. 「本書は三つの部分から構成されている。第一部では〜〜を論じ、第二部では〜〜を検討した上で、第三部で〜〜を展開している。」

 次に各部分の要約を行なう。引用ではなく自分の言葉で説明しなおす。

ex. 「第一部では、筆者は次の二点を論じている。第一に…、第二に…。」

(3)批評(2〜3割)

 本書の意義を要約し、疑問点や対案を提示する。「感想」ではなく、本書の内容をさらに発展させるための批評や提案を行なうこと。

ex. 「最後に、評者の感じた疑問点を二点指摘する。」
  「本書の内容を発展させるには、次の点にかんするさらなる考察(検証)が必要である。」

※学術的な書評のサンプルを知るためには、学会誌の書評欄、『週刊読書人』、『週刊図書新聞』などを参照してください。


3-4. レポート

 レポートの作成手順は、(1)問題設定、(2)文献調査、(3)データベースの構築、(4)アウトラインの作成、(5)執筆です。どれを抜かしても良いレポートは書けません。それぞれについて簡単に説明します。

(1)問題設定

 あらゆるレポートには、「問い」がなければなりません。たんなるトピック(ex. 「〜〜とは何か」「○○について考える」「××についての一考察」)は「問い」を含んでおらず、レポートの構成要件を満たしているとは言えません。

 なぜその問いが重要か。その問いを明らかにすることで、現代の政治・社会のどういう側面が明らかになるのか。これらを説明できる必要があります。

 こうした「問うに値いする問題」を発見するためには、およそ三つの方法があります。

対立の発見 テーマに関連する文献を複数調べ、対立する主張を抽出する。

ex. 「このテーマについて、Aは〜と主張しているが、Bは〜と主張しており、まだ通説が確立していない。そこで本稿では、…を調査することで、××という点を主張する。」

通説批判 そのテーマについて最も優れた(権威ある)著者の文献一冊に絞り、その本を精読しながら疑問に感じた点を抽出する。

ex. 「〜の分野について、最も代表的な研究者である××は…と述べている。しかし本稿では、…を調査することによって、この説を次のように修正する。」

通念批判 一般に信じられている通念を、社会科学的調査や学説によって論駁する。

ex. 「〜については、一般に…と思われている。しかし本稿では、これまであまり着目されてこなかった××を調べることで、実際には○○であることを明らかにしたい。」

 よい「問い」を設定するためには、ふだんから新聞・ニュース・雑誌などに接し、今何が議論の対象となっているのかを知っておくこと、比喩的に言えば「アンテナを張っておく」ことが必要です。

 手っ取り早い方法として、『日本の論点』(文芸春秋社)の5〜6年分、『知恵蔵』、『現代社会の基礎知識』などをチェックすれば、ある程度話題となっている論点を知ることができます。


(2)文献調査

 以下の手段を用いて、テーマにかんする文献情報を集め、少なくとも50-60冊程度の文献リストを作成します。それらを取捨選択し、最終的に10冊程度に絞ります。

・インターネット

   全国の大学に所蔵されている本 Naccsis webcat Webcat plus(連想機能つき)

   新刊本 Amazon.co.jp 国立国会図書館OPACの「一般資料の検索」

   雑誌論文 国立国会図書館OPACの「雑誌記事検索」

   古本 日本の古本屋

   新潟大学所蔵の本 新潟大学附属図書館OPAC

   ネット上の雑誌論文を検索できる強力な新サービス Google Scholar

・その他、以下の方法を組み合わせること。

   教科書の参考文献リスト

   あつめた文献の脚注に載っている文献から芋づる式に調査

   本屋、図書館の該当の棚を網羅的に調べる

   百科事典、政治学事典、『知恵蔵』等の項目から参考文献を抽出する

 文献を自力で調査する能力は、将来にわたって非常に重要です。いきなり教員に文献を尋ねるのではなく、自力でリストを作成し、それを教員に提示してコメントをもらうようにしてください。

  *関連リンク  文献の調べ方(一橋大学附属図書館)

            図書館のすすめ(東北大学附属図書館、PDF)


(3)データベースの構築


 集めた文献を読みながら、情報を蓄積して、レポートのためのデータベースを作ります。データベースの作り方は以下の二つです。

情報カード

 文献情報、参考になる情報などを一枚ずつ情報カードに抜粋する。または読書ノートなどに抜書きする(この作業についてはウンベルト・エコ『論文作法』而立出版が詳しい)。抜書きする際は、引用文献、頁数を入れておくと、論文執筆の際手間が省ける。

※膨大な著作を残した20世紀最大の構造人類学者レヴィ=ストロースは、次のように言っている。

「研究するときにはカードをたくさんとって、その主観から脱却しようとするのです。そのときに浮かんだ考え、読んだ本の要約、文献への参照、文献からの引用、等々、まずすべてのことについてカードを作ります。そして何かを書こうと思い立ったときには、私は棚からカードの包みを取り出し、それらのカードをトランプ占いをするときのように並べ直すのです。これは偶然が重要な役割を演じる一種のゲームなのですが、このゲームが私の消えてしまいそうな記憶を回復する助けにもなってくれるのです。」(レヴィ=ストロース、エリボン『遠近の回想』みすず書房、8頁)

コンピュータ

 必要な情報をコンピュータに打ち込んでいく。カードと同じく引用文献、頁数を入れる。


(4)アウトラインの作成

 情報カード、もしくはコンピュータに集まった情報を読み直し、内容のまとまりごとにグループ化します。情報を自由に入れ替えるためには、ノートではなくカードあるいはコンピュータを用いることが望ましいでしょう。

 情報を入れ替えていくうちに、いくつか内容ごとにグループができてきます。それをもとに全体の章立てを決め、詳細なアウトラインを作成します。アウトラインとは、自分のレポートの「レジュメ」に相当するものです。

 納得のいくアウトラインができるまで、上記の(1)→(2)→(3)→(4)→(1)…を繰り返します。


(5)執筆

 アウトラインと情報カードを見ながら、レポートを執筆します。執筆時の注意点は以下の三点です。

― 学術論文には決まった作法があります。(1)序論、(2)本論、(3)結論という構成。脚注の付け方。末尾の参考文献リストの作り方など。これらが守られなければ、どれほど内容が良くとも論文とはみなされず、低い評価が与えられるか、受け取りを拒否されることになってしまいます。論文執筆時には、必ず参考書を手元に用意して、形式を遵守してください。

― インターネットからの抜粋・引用は、原則として公的機関(官庁、地方自治体、新聞、国際機関など)の文章や統計にとどめてください。それ以外のページは、情報の信頼度が低く、改ざんされたどうかも確認できないからです。またインターネットからの剽窃(典拠を示さない引き写し、いわゆるコピペ)は、知的財産権の侵害でもあり、カンニングと同等のルール違反となります。

 以上の論文作法を知るために、以下のうち一冊を購入し、随時参照することをお勧めします。

   ◎小笠原喜康『大学生のためのレポート・論文術』講談社現代新書(最もお勧め)

     澤田昭夫『論文の書き方』講談社学術文庫

     浜田麻里『大学生と留学生のための論文ワークブック』くろしお出版(初心者向け)

― 正しい日本語を書くためには、本田勝一『日本語の作文技術』朝日文庫が最も参考になります。また『記者ハンドブック 新聞用字用語集』共同通信社は、分かりやすい文章を書くルール(漢字、送り仮名など)を知るうえで必携のハンドブックです。


関連リンク: 編集用日本語表記(未来社ホームページ)